#04 30km/hでフルバンクできますか?

 

拝啓

 結局のところ、バイクの魅力は“自由”なのだと思います。自由といっても制限速度や法規制を無視して好きなように爆走するとか、そういう話ではありません。自分の思い通りにバイクが動き、いつでもどこでも気持ちよく走ることができる、そういう自由です。セローは重心の低いオフ車ですが、これが甘美なまでの自由の入口なのだと思います。 

 オフ車はサスペンションのストロークを長く取るため、おおむね背が高い。ダートをスピードを上げて走ったり、ジャンプを楽しむとなると、タイヤの上下の動きを吸収する長いストロークが必要になるからです。まあ、長いサスはカッコいいしね。
 しかしセローはというと、それらを無視したところからスタートしてます。スピードは出さず、トコトコと山登りをする。場合によっては二輪二足で進むという考え方ですから、車高が高いとかえって都合が悪いわけです。
 もちろんロードスポーツほどサスを短くするわけにはいきません。ステアケース(階段状の段差)を下りたりしますから、ある程度の長さは必要です。それでも跳んだり跳ねたり系オフ車に比べると、はるかに背の低いのがセローです。

 背が低い、つまり重心が低いことは、安定性の高さに繋がります。ある意味、ネイキッドやアメリカンモデルなども同じで、神経質にならずに走れる一因です。まあ、セローは軽量ですし、重心が低いといっても“オフ車としては”というレベルなので、どっしりとした安定性のアメリカンを持ち出しても仕方ないですが。
 もうひとつ、セローの安定性を上げているのが大径のホイールです。オフ車ではおなじみのフロント21インチ、リア18インチの組み合わせですが、ロードスポーツに比べるとひとまわり大きい。つまりジャイロ効果が強いのです。これがタイヤのグリップを感じながら車体を右から左へと振り回すことができる安定感の要にもなっています。

グリップ

 で、本題。
 サーキットやワインディングで、ヒザを擦りながらフルバンクで走るバイクがあります。バイク雑誌でも見ることがあると思います。で、同じことを、住宅街の曲がり角、30km/hでできますか?
 答え:セローならできます。

 バイクは車体を傾けることで曲がる乗り物です。まっすぐ走るぶんにはアライメントやジャイロ効果、重心位置などで安定性を確保していますが、曲がるためにはどこかで安定性を崩し、きっかけを与えないといけません。それは腰を左右にずらすとか、ステップを踏み変えるとか、ハンドルへの入力とか、まあ、いろいろ方法はあるわけですが、いずれにしても、クイックに曲がるためには急激な操作が必要になります。車体の安定性を無視してバンクさせたら普通はコケます。しかしセローには先に挙げたような低重心だとか、大径ホイールだとか、急激な変化を補い、ライダーを支えてくれる安定性があります。だから安心して傾けることができるのです。

 さらに、フルバンクから起き上がるためには、何かしらの操作が必要になります。傾いたままではコケてしまいますから。荷重移動で起こすこともできますが、時間がかかるし面倒です。普通に使われるのはトラクションです。まあ“パワー”と思ってもらってもいいのですが、軽い荷重移動できっかけを与えておいて、あとはアクセル操作で車体を起こし、次の直線なりカーブに向かいます。これがいちばんラクです。
 中低速レスポンスのいいセローは、こういった動きがものすごく得意です。低重心や大径ホイールの安定感に守られているので、ぜんぜん怖くないです。思いどおりにクルリと回り込んでパンッと立ち上がる。笑っちゃうぐらい自由です。慣れてくると、住宅街の曲がり角でステップを擦ります。
 ただし、ノーマルのセローは安定性が強すぎ、曲がりを阻害する傾向があります。そこでレスポンスを良くする方策が必要になります。これが前提だと思ってください。

 背の低いオフ車はセロー以外にもいくつかありました。たとえばカワサキの「スーパーシェルパ」とか、ホンダの「SL230」とか。これらがセロー並みに走るかと問われれば、「難しいんじゃないかなぁ……」というのが私の答えです。
 セローほど乗り込んでないので実際のところはわからないのですが、おおむね、セロー以外のこういったバイクは、“誰にでも乗れるオフロードバイク”といった、ゆるいところをコンセプトにしています。対してセローは“マウンテンバイク”なり“二輪二足”という狙いが明確で、そのために各部を徹底的に作り込んでいます。これはスーパースポーツと同じです。そんなオフ車、他にはありません。

ステップ・シフト

 セローの特徴的な装備としてよく挙げられるのが前後のグリップ。車体を引き上げたり起こすときに使うものですが、まあこれは、二の次でしょう。まず挙げるべきは極端なバックステップです。正しいステップ位置を確保するための装備ですが、セローの場合、シフト機構にわずか数センチのリンクを使っています。これはコスト的にはないほうがいいはずですが、楽しく走るためにはとても重要な装備です。このバックステップがあるから自由に車体をコントロールできるのです。

ハンドル切れ角

 そして左右51°もあるハンドル切れ角。まるで自転車のようにハンドルが深く切れます。これもトライアル専用車から見れば少ないようですが、普通のバイクとしてみるとバカみたい深く切れます。このおかげで、渋滞している中でも、無理なく曲がっていけます。まあ、褒めた走り方ではありませんが、いつでも動けるという安心感は他に換えられるものではありません。

 いろいろなライダーを見てきました。「中高速域ならそこそこ速いけど低速では遅い」というライダーはたくさんいます。しかし「低速だときれいに曲がるけど高速では下手」というライダーに会ったことがありません。低速が上手いライダーは、高速も上手いのです。だから私は、低中速でべらぼうに運転の上手い白バイに歯向かったりしません。
 セローは、そういった低速でのバイクコントロールの大切さを教えてくれる、希有なバイクです。セローで覚えたライディングは大型バイクでも活かされます。今でもBMWで山へ行くたびに、セローのありがたさを感じています。

敬具